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336: ヲリヂナル1号 05/02/11 00:53:17
父は7年前の冬に、片肺に水が溜まるっていう最悪の状態で入院した。 
そこまで肺に水が溜まるなんて8割以上の確立で肺癌だろうって医者には言われたんだと。 
でも検査の結果は膵臓だった。膵臓の癌。肺だったら手術して取っちゃえる状態ではないだろうとまで言われていたので、 
膵臓ならまだ手術もできるから、って。 
検査やら準備やらで入院から2ヶ月、2月の頭に手術した。 
そのときは知らなかったけど、医者からは5割の可能性で生きて手術室から出てこれないかもっていわれてたらしい。 
さぁ丸一日かけて手術して、ごっそり摘出された膵臓の塊。 
説明はこんな感じ。 

思っていたより癌の進行が早かった。 
膵臓は一箇所も残せなかった。 
膵臓のほか、脾臓、胆嚢、門脈の一部、背中の神経って摘出した。 
膵臓が無いので今日から父は重度の糖尿病だ。 
膵臓全摘して1年後の生存確率は8割、3年後だと3割、5年でほぼ奇跡。 

とにかく無事に手術が終わったこと。それだけが救いだった。 
最初の難関、生きて手術室を出る事は成功だ。



337: ヲリヂナル2号 05/02/11 01:11:19
それから約半年、父は肝臓に膿が溜まって一度入院したが、糖尿病ともうまい事付き合ってるようで、
とにかく仕事にも復帰してたし、酒を飲まなくなったことのほかは、なんだか平和だった。
余談だけど、そうなると俺や妹や弟は結構父母を気にせず、そこら辺の大学生、高校生に戻っていたわけです。

そんな6月末(だったかな?)今度は母が倒れました。
夏風邪にやられて、熱出したりしながら仕事したり、術後我侭になった父の世話したり、そんな母がね。
土曜に父が運転して市民病院に連れて行ったら、そこで意識失って、原因がわからなくて、救急車で父が入院してた大学病院に運ばれて。

血糖値ってさ、全部で1000の血液中にどれだけ糖があるかって数値で示すらしく、普通は120~150くらい?かな。
それが850を超えてます、いつ死んでもおかしくないですよ、って医者に言われるほどでやんの。
父は気が狂ったように、「おい、お母さん死んじゃうぞ、おい!」って俺や妹に話しかけてくる。
処置を終えて、「今夜が山」っていうドラマでよく見る場面が来たわけ。
ようは血を薄める処置だから、血液中に生食をたっぷりいれたんだろうけど、とにかくほっそりした母が倍くらいに膨れ上がってるわけ。
で、「今回の件でインシュリンを作る機能が破壊されていたら、奥さんも糖尿病になりますよ」って医者の言葉です。
父は「いつでも俺の後ろを付いて来てくれた。だからって病気まで真似しなくてもいいのにな」って苦笑してたよ。

翌日、母はちゃんと目を覚まして、検査の結果糖尿病になって、彼女は現在も注射を打ちながら生活してます。

339: ヲリヂナル3号 05/02/11 01:18:46
それからは夫婦揃ってインシュリン打ちながらの生活。
そのうち医者に宣告されていた2割の患者が亡くなる1年目がきたけど、まぁなんとか無事だった。
春先には父は少しまた入院したけど、それも肝臓に膿が溜まって熱が出てって具合。
彼は胆嚢をとって、ああ、書き忘れたけど十二指腸もとったんだっけか、だから食べたものが肝臓に逆流?しちゃうのかな、
そんなイメージで肝臓に膿が溜まるのは、まぁ不可抗力みたいで、そんなに心配してなかった。

妹が大学に入学して、娘を溺愛してた父は、そりゃぁ喜んでた。生きててよかった。まだまだぜんぜん余裕だな。って。

340: ヲリヂナル4号 05/02/11 01:28:02
さて、俺んちに吹き荒れた災厄は父の癌、母の糖尿、俺の留年(自業自得だ)と暴れまわった挙句落ち着いたみたいだった。
で、20世紀最後の大晦日、なんだか俺は(今年は自宅で年を越そう)って思ってた。
結局呼び出されて外で友達と年越ししたんだけどさ。
21世紀最初の正月、我が家では正月はとりあえず全員集合するんだけど、
「おい、お前ら3人、はやりのできちゃった結婚でもいいから孫の顔を早く見せてくれよ」って父に言われた。
今時ないだろうって言うくらい古風な両親だったからさ、子供3人きょとんとしてたよ。

ついでに、年賀状の整理ってあるよね。父は51歳でまぁそれなりの役職だったろうから、毎年何枚も届いてたし送ってた。
その大量の年賀状の整理って次の年の年賀状出すときに整理してたみたいなんだけど、
その年はなんだか正月休み中にほとんど終わらせてしまったんだって。

そんな話も今から思えばっていう話で、そのときは別になんとも思わなかったんだけどさ。

341: ヲリヂナル5号 05/02/11 01:42:15
2月の末、父が超高熱だしたんだって連絡が入った。
大阪に日帰りで出かけて、向こうで会議中にがたがた震えがきてしゃべれなくなったほど。
それでも昔気質の父は会議が終わるまで帰ってこず、その夜新幹線で新横浜に着いてその足でまた入院してしまった。
話が前後するけど父が手術をした頃から、車の免許を持っていたのは、父のほかには俺と超ペーパーの母だけで、
車じゃないと病院行くのに結構時間かかったから、入院中はほとんど毎日くらいの勢いで俺は病院に行ってた。母を乗せて行ったり、着替えを届けたり。
今回の入院でもそうだった。
父は一日に何度も42度を超える高熱が一気に出て、がたがた震えだした。
そんなときには座薬で強制的に熱を下げる。平常でもまぁ37度くらいの微熱だったろうから、3~4時間に一回づつくらい5度近く体温が上下していたんだろう。

俺が行くと、落ち着いてるときにはタバコを吸いに行こうと俺を誘う。
父はヘビースモーカーだったけど、それだけじゃなく単にベッドに横たわってる姿を息子に見せたくなかったんだろう。
俺は20歳も超えてたし、タバコも公然と吸えたし、まぁ結構吸ってたけど、父の前じゃなんだか恥ずかしくて吸えなかった。
お前も吸えよって何回か勧められたけど、今はいいやって断ってた。

そう言えば手術後に「俺はこれ(糖尿)で父と酒を飲む機会が無くなって残念だ」って思った。
結局父はだんだん酒も飲むようになって、時々俺に電話してきては
「今駅前なんだけどいっぱい付き合わないか」って誘ってた。
俺はそれもタイミングが合わなかったり気恥ずかしかったりで一回も答えられなかった。

病院の帰り道そんなことを思い出して、明日は一緒に吸おうかなと思ったんだよ。

342: ヲリヂナル6号 05/02/11 01:50:40
で、明日がやってきた。
なんかさ、父の容態が急変したって、ICUに入ったって言う話。
あれ、昨日は結構元気そうにタバコなんか吸ってたよ?
まぁ急いで病院へ。
ICUじゃゼハゼハ言いながら笑顔で迎えてくれた。
なんだか平気そうじゃないか。
でも違ったみたい。
血中酸素濃度が落ちてるから呼吸器を付けたい、ただしそれは起きてる状態ではとても付けられない(苦しいから)、薬で眠らせる必要がある、
大至急親族を集めてくれって医者は言う。

4時間後くらいに、親族が集まって、全員と話をしたら呼吸器が付けられた。
父はまたなって笑ってた。母に聞いたら、仕事に使う資料を明日、持ってきてくれって言ったんだと。
父が薬で寝た後、医者は言った。普通に会話なんかできる状態じゃなかった。意識があっただけで奇跡だ。

343: ヲリヂナル7号 05/02/11 01:55:32
その晩、病院に泊まるつもりなんか無かった母はインシュリンを忘れてきていた。
俺はどこかで父のことをあきらめていたのかもしれないが、今度も母が父と同じ状態になってしまうのではと不安だった。
父の傍らで「どうしても今夜はここにいる」と言い張る母を、みんなで説得して、
「疲れてるんだからちゃんと布団で寝たほうがいい」ってつれて帰ろうとしてた。
そしたら意識なんか無いはずの父の左手が、すぅって持ち上がって、手首をひらひらとふった。
そんな状態でも母を心配しているって思ったら涙が出て、ICUのマスクの中は鼻水で溢れた。

344: ヲリヂナル8号 05/02/11 02:06:07
翌朝、病院に駆けつけると、担当医から説明を受けた。
癌の再発かどうかはわからない。ただ、肝臓の値(GDPとかなんとか)が非常に悪い。まず助からないと思ってくれ。との事。
一同愕然としたが、母は違ったようだ。夫が死ぬはずが無い。きっと助かる。

それから丸一日。
俺は病院の喫煙所でタバコを吸った。父との会話を思い出し、酒も飲めなかった、タバコも吸えなかったと思いながら。
タバコなんて吸ったことも無い火のつけ方も知らない従兄弟が、むせ返りながら、黙って一緒に吸ってくれた。

親戚がずらっと集まった為、交代でICUへ入った。
何も言わずに眠る父を見ながら、一人泣いた。

父は21時04分まで生きて、死んだ。
最期は母と子供3人が周りを囲んで見送った。

345: ヲリヂナル了号 05/02/11 02:26:42
家に帰り、遺体を前にして酒を飲んだ。生前、父が土産としてくれた酒。

葬儀は盛大だった。役員や有名人ではないが500人ほど集まった。
そして知人のほとんどが泣いてくれた。俺は親族の中で唯一笑顔だった。
これだけの人が見送ってくれたと嬉しくなって。後で叱られたけどね。

今、俺には娘が一人いる。父の死んだ年に知り合った妻と、まさかのできちゃった結婚。
母は孫がかわいくて仕方ないみたいだけど「お父さんが生きてたら喜んだのに」って時々悲しそうだ。
目元が父にそっくりだと思う。だから生まれ変わりかと思った。
でも、一人で誰もいない空間を見ては「じぃじ、じぃじ」って笑ってるから、きっとあやしに化けて出てきてるんだろう。
子供が大好きで地域の子供たちにも結構好かれてて。生前には間に合わなかったけど。

長々、だらだらごめんね。
文章がうまけりゃよかったんだけど。

346: 素敵な旦那様 05/02/11 02:27:49
大変だったな。お疲れ。
御母さん、嫁さん、娘さんを大事にな。

347: 素敵な旦那様 05/02/11 06:43:22
ないたよ。おつかれ。
素敵な家族だな




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1001: 以下、おすすめ記事をお送りします: 2014年05月09日 13:30 ID:kidanmatome

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